ミャオ感を形作るものとは?

hidizo2006-06-30



ミャオロックを定義するのは、はっきり言って不可能です。
印象論みたいなもんですから。
それでも共通する特徴は見いだせるので、整理してみる。
勿論ミャオミャオした歌、という条件はあるのですが、単にそれだけではない。
他の要素が絡んでこそ、初めてミャオであるといえるのではないか。


1:声
腹から出ていない、締まりのないだらしない声が何より重要。これこそがミャオの肝。ミャオのミャオたるゆえんはここに集約される。
声量は少なめ。当然たいへんに厚みのない薄い声。鼻にかかっている、というのもアリ。
細やかに声量をコントロールしたりするテクニックから遠い位置にあるので、咽で適当にこねくりまわすことで抑揚らしきものを醸す。ビブラートではない。そのこねくり回しが、結果としてミャオミャオ言ってるように聞こえるのである。
ややこしいのは、適当に歌ってるから厚みがないものも、全力で叫んでも厚みがないのも殆ど意味としては同じようにミャオミャオ言ってるなあ、と見なされる点であろう。


2:音楽性
基本的にはロックンロールやパンクやグラム
ハード・ロックやメタルの世界での確認例は少ないが、プログレは意外な宝庫であったりする。
ブルーズは要素として含まれることはあっても、本格的な黒さを醸し出してはおらず、黒人に絶対になりえない自分の半端さを自虐的に表現するツールにしか思えない位であるのが望ましい。いずれにせよ、ルーツ音楽からは遠い位置にある白いノリ。大概ロウでラフ。
その一方、黒人のミュージシャンの場合、ミャオ発生率がグンと上がるジャンルはブルーズやファンク。
人種間における、無防備な意識が発露する磁場をもつ音楽の違いであろう。


3:メロディ
これもまたミャオロックの重要な要素で、大概大変にベッタベタに甘いメロディを持つ。
そして、甘くて駄目駄目なバラードに結構名曲が多い。何が重要かというと「良い曲だなあ」というより「甘ッめえなあ」という感想の方がどうしても先立ってしまう点であろう。例えば、ジョニー・サンダースを思い出して頂ければ良かろう。


4:歌詞
推敲の薄そうな、たわいもないラブソングが中心。これがバラードの多さにもつながってくる。
言葉数が少なく単純で、面倒くさいのか繰り返しが多かったりする場合も多く、勘違いした聞き手が勝手に文学性を見いだすこともある。が、本人は何も考えない無頼である事が望ましい。
一種の美学はあるが文学ではない。


5:ジェンダー
中性的というよりはあぶれている感じ。「男らしくねえなあ」とか「女の人なのに頑張ってるなあ」という感想が湧けば大概ミャオといっても過言ではない。
割と女性でロックをやるとこのカテゴリーの歌になることは多い。ジョーン・ジェットやクリッシー・ハインドなどは大変にミャオ度は高い。ゴーゴーズならベリンダ・カーライルは失格だがジェーン・ウィードリンはど真ん中である。など。
ただし、基本的には男性ロックンローラーであると思って頂きたい。だらしなさや情けなさこそがミャオの本筋である。


6:声以外
重要なのはミャオミャオした歌ではあるが、サウンドが明らかにミャオミャオを醸す事も多い。
ジョニー・サンダースリードギターのあの線の細いだらしなさを思い出して頂きたい。フレージングはかなり近いのに、スティーヴ・ジョーンズには決して出せない味がある。


7:担当楽器
これは一概に言えないが、ギターを弾きつつミャオミャオがなるタイプが多い。ジョニサンは勿論、ピート・シェリー、レックレス・エレック、トイ・ドールズのオルガ、ひろし(ポートカス、ニプリッツ)等、偉人多数。
もちろん、ジョーイ・ラモーン、ボビー・ギレスビーなど、高ミャオ度の専任ヴォーカリストも多い。
しかし、忘れてならないのは、ヴォーカルを普段とらないミュージシャンが、例えばヴォーカリストの脱退に伴い仕方なしに歌ったりするとミャオミャオした味を醸すことが多いことであろう。例えば、マッシブなオルガンを弾くマンフレッド・マンの弱っちい歌等々。自信の無いナイーヴさが貴重なミャオを生む瞬間である。


8:音像
より薄く、より細く、が望ましい。一発録りで団子になっていて何やら凄みがある感じじゃなくて、バラでライン録りした迫力のない、一体感のないガチャガチャした安い感じがあれば最高だ。加えて、変なところでヴォーカルにエコーやディレイの類がかかるのもアリ。とにかくチープである方が雰囲気が出る。
とはいえ、ニール・ヤング&クレイジー・ホースのように、極太のバンドサウンドと不安定な歌が生むコンビネーションに見いだされるミャオ感もあるので一概ではない。
そして、早死にした場合にはロクでもないブート紛いの音質の酷いライブ盤が次々に出てくる、というのも典型的な味であろう。


9:何より重要なもの
ある意味、これが定義づけとしては最も重要であろう。
多大なガッカリ感。
演奏と歌が合っていない、演奏がかみ合っていない、クスリでボロボロで、ステージでの立ち姿が既にいたたまれない、スタジオの演奏がライブで再現できない、ブルーズ好きなのに本人の資質が全く向いていない等々。
ああ残念。ああガッカリ。というとても足りない気分にさせる事が重要であろう。その足らない気分が、多くの場合あのミャオミャオした足らない歌唱に直結し、更なる高揚感に結びつくのだ。


10:目利き
ピーター・バラカンさんが「僕はちょっと声が苦手...」と言ったら、お墨付きを頂いたようなものである。