ミャオ前史:1 こんな人も居た

hidizo2006-07-02



基本的にミャオロックそのものが登場するのは70年代の中盤あたりだが、何も突然変異のように出てきたわけでもなく、色々な経緯を巡ってきたことは想像に難くないわけです。ロックの歴史を何でもかんでもビートルズ以前/以後、「ロック・アラウンド・クロック」以前/以後で単純に線引きするのが愚かしいように、ミャオにも恐らく流れってものがあります。

というわけで、まずはミャオ前史から。
ミャオのルーツ的なものをどこまで遡って考えるか、というのはなかなかやっかいな話で、その音楽的な直接のルーツのロックンロールから、というのが妥当でありましょう。
とはいえ、ロックンロール以前を見てみると、明らかにルーツではないけれど、ミャオミャオ言ってる変なヴォーカル・スタイルがポピュラーなレコードに吹き込まれていたことは割と簡単に見いだせる。
あくまで個別の例としてご紹介したい。


ボブ・ドロウという人物が居る。シュガー・レイ・ロビンソンの伴奏と編曲でジャズの世界に登場、56年に初のソロ・ヴォーカル・アルバムを吹き込んでいる。
それが「デヴィル・メイ・ケア」である。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00061QXCM/goodasgoldstu-22
スモール・コンボと本人のピアノ/ヴォーカルという編成で、ノベルティ・ソングっぽいポップでコミカルで小粋な作風の楽曲が並ぶ。今聴いても全く古くない。
ここでのドロウの、鼻にかかった平板でちょっとひしゃげていて奇妙な節回しで、ドナルド・ダックを舌っ足らずにしたような感じの歌。それが全くもってど真ん中にミャオなのである。当時は異質だったのでしょうが、大時代的で朗々としたジャズ・ヴォーカルより、今の耳で聞くとぶっ飛ぶスピード感があると言っても良いんじゃないか。

ちなみにドロウは、マイルス・デイヴィスセロニアス・モンクのクリスマス・セッションに参加したり(マイルスの「ソーサラー」の最後に唐突に入ってる曲もそこから)、70年代になると子供番組「スクールハウス・ロック」に掛け算の歌などの教育コミック・ソングを書き残したり。ソロアルバムも時折リリース、洒落者ぶりは衰えていない。


また、ミャオ声で思い出す50年代のヒット曲に、デヴィッド・セヴィルの「ウィッチ・ドクター」がある(58年のヒット)。
ブードゥーの呪術師に恋の悩みを打ち明けたら呪文を教えられた、というストレートなノベルティもので、その呪術師の呪文がテープを早回ししてる声。「帰ってきたヨッパライ」の、あれの元祖ですね。果たしてこれも相当にミャオミャオしている。ミャオ声は異人扱いされてるわけです。
ちなみに彼は後にテープ早回しの「チップマンクス」を作る人物でもあるわけで、その早回し声の実験の一つの成果がこれですね。
その辺をまとめたのが下のリンク先のアルバムです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0000D8RVJ/goodasgoldstu-22
しかし未だリリース後3年ぐらいなのに廃盤ですか。
気軽に聴けないと意味がないアルバムなのに、どうにかしてるなあ。


ともかく。
基本的にコミカルなドロウといい、「ウィッチ・ドクター」といい、基本的にノベルティ・ソングであり、ある種の芝居がかったお約束の世界だからこそ通用する変てこな歌、という位置づけであったのではないか。
無防備さが剥き出しになっている後のミャオの世界とは別モノで、こういう歌のスタイルの以前の意味を考える一助になるような気もする。


というわけで、いきなり外伝で、しかも割と強引に個別の話に始終した感もありますが。
次回はもう少し直接的な話になるはずです。